黒木龍男42歳 健忘録

都内リサイクル着物販売業、週1小料理屋店主の日々あれこれを物忘れ防止に綴るブログ

惚れたが悪いか

女三界に家なしと言ったものだが、そんなもの男にだってありはしない。

男やもめに蛆が涌きそうなのがまさに俺で、これといった楽しみも作らず仕事に明け暮れ新年を迎えてしまった。
それもいじましいので、古典「かちかち山」の太宰治ヴァージョンを紹介したい。
なお、そちらは「御伽草子」に収録されていて「カチカチ山」と表記されている。

かちかち山は俺も子供の時親しんだ昔話だ。改めて書く必要もないくらい、あらすじも有名だ。
原典をおさらいすると…度重なる悪戯に業を煮やした爺さんは狸を捕らえる。狸汁にされる予定だったが同情した婆さんが縄をほどいてやった。その婆さんをさすがは性悪狸、腹いせに杵で撲殺したあげく婆汁にして爺さんに食わせてしまう。流しの下の無惨な婆さんの骨まで見せつけられ、すっかり脱け殻になってしまう爺さん。だが立ち直り、兎に仇討ちを依頼する。そこからは皆もよく知ったカチカチ、ボウボウ、火傷薬でヒリヒリ、泥の舟でブクブクの勧善懲悪ストーリーだ。


これを幻想的かつ幽明にアレンジしたのが太宰治の「カチカチ山」だ。
子供用に残虐表現を排除したそれは、ストーリーテラーなる「お嬢さん」が狸に同情したところから太宰の考察が始まる。
なるほど確かに兎は酷すぎると考えてもにべなるかな。なにしろ、たかだか婆さんに「怪我をさせた」程度でそれだけ痛めつけられるのだから。辻褄が合わないとも言えよう。
但しその理不尽さがその物語に思わぬ華と淫靡さを添えるものとなった。
太宰はその兎の残虐性、容赦なさを16歳の美少女、しかも処女に例えている。対して兎にいいように弄ばれ殺される中年の醜男が狸だ。
彼女の嫌悪感は凄まじく、散々に狸を罵りながらも翻弄される狸の醜態を楽しんでいる風でもある。
こんな愚鈍でみっともない中年男が私につきまとうなんて身の程を知りなさいというスタンスだ。
狸のほうも、よせばいいのに野暮の極みで兎の嫌悪感に気づきもせず、構ってもらえていると喜び、あまつさえスケベ根性まで丸出しにして兎を女房呼ばわり。
…最期にようやく自分が殺されることに気づき、自分が何をしたかと問い、命乞いをし、「惚れたが悪いか」と捨て台詞を残し湖に沈んでいってしまう。原典では甲州は河口湖と言われている。

これを以前飲みに行ったスナックでホステス達に話したら大いにウケた。
「狸がバカじゃん」「スッとするよね」誰も狸に同情しやしない。東京の女は情がない、という話ではない。要するに生理的に受け付けない男に女はどこまでも冷たくなれるということなのだろう。16歳の潔癖な処女ならなおさらだ。

何とも含蓄のある話で、俺を含めた馬鹿な男どもは身につまされる。
ただ、俺は少なくとも惚れた女に殺されただけ、まだ狸は幸せだと思うのだが。
理想を言えば…ほっぺにチューくらい…いやいや、手を握るくらい…

親愛なる狸どもよ、冥福を祈る!
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邂逅とカタルシス

先日タクシーに乗ったら、偶然にも友人の父が運転手をしていた。
先に気づいたのは俺で、名前と顔ですぐに分かった。

都内で営業したついでに環八のオートバックスに愛車のラジエーターの不具合を見てもらった。すぐ直ると思いきや、数日掛かりになるという。

今日も冷えますねなどと話していたら、信号待ち中に飴どうぞと運転手さんが振り返ったのだ。

15年以上振りだった。
元気か、元気だよと返し合った。
この親父さん、実はとんでもない人なのである。

とある有名人材派遣会社の取締役…実質ナンバー2だった人物だ。 名前を記せばご存じの方もおられるかもしれない。

その友人とはバイト先が一緒で、自宅へ遊びに行くようになり親父さんとも知り合った。
当初は職業はカメラマンと聞いていた。だだっ広い家のあちこちに機材が置いてあった。俺も何度か撮ってもらったことがあり、アシスタントらしき人達もちょくちょく出入りしていたので信じて疑わなかった。
母親と離婚したそうで父子家庭らしいが暮らしぶりも良かったし、食べさせてもらうものもいちいち旨かった。

俺は写真に詳しくないのでよっぽど売れっ子カメラマンなんだろうと思っていた。


ある日奴の家に行くとテレビでどこぞの会社の新年会の様子が流れている。
会長、社長、取締役などの肩書と顔のアップが流れて、紋付袴を穿いた3人が三つ巴で餅をついている。
2人でコタツに入ってみかんを食べながら観ていると、なぜか奴の親父さんの名前と顔がばばんと出た。

「はっ」と思考停止に陥った。なんだ?そっくりさんか?いやいや…?
数秒見つめていたら、「あーバレちゃった。そう言えば出るって言ってたんだよな」とバツが悪そうに頭を掻く。

「どういうこと?お前の親父さんカメラマンじゃないの?」聞くと、カメラはあくまで趣味で、本業はこれなのだと言う。
「なんで、こんな大企業の取締役の息子が庶民の俺と同じカラオケ屋でバイトしてんだよ」
「未だに月の小遣い6000円なのよ」
こんなやり取りをした記憶がある。
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親父さんはたいして変わってなかった。
5年前に取締役を引退してのんびりしていたが、仕事をしないことにもすぐ飽きたそうだ。
「ちょっと前は赤帽もやってたぞ。人が好きだからな、とは言え俺の経歴じゃどこも雇ってもらえないんだ」高学歴、高キャリアすぎて周りが引くのだろう。

俺も着物リサイクル業を始めたこと、並行して違う事業も立ち上げたいと思っていることなどを話した。
そんなことを話しているとあっという間に自宅に着いた。
親父さんは「うちは変わってないから、またいつでも飲みに来い」と言ってくれた。そうさせてもらう、と返した。
友人は長いこと海外で技術者をしていて、国際結婚をしたのでなかなか日本には帰って来ない。今は台北と聞いている。(居たとしても俺と親父さんが「朝まで生テレビ」を始めてしまうので奴はいつも先にぐうぐう寝ていた)

嬉しい邂逅だった。
好みが変わっていなければ親父さんは「響」が好きだ。今の俺なら30年だって買える。しめしめ、ネットで仕入れておくか。

俺もオヤジ、向こうもオヤジだ。
次の休みの楽しみが出来て、滅法嬉しい夜となった。

黒木龍男42歳厄年

f:id:scarfneko:20180117024604j:plainズンと首を刺す1月の風が強くなってきたところで、店に到着した。
食材をドサリと下ろすとまずは煙草に火をつける。
それが俺のルーティンになっている。食事の仕込みをするのはまだ先だ。

普段が都内をあちこち回る仕事なので、こうやって地元に昼間から居られる時間があるのはいい。のんびりとした商店街の空気に触れて、金物店の猫にちょっかいを出したり出さなかったりして、週1日の趣味の時間は始まる。

「もう3ヶ月経ったか」
誰に言うでもなく一人ごちた。
店というのは贔屓にしている串揚げ居酒屋のことだ。そこが木曜を店休日にしていて、そこを間借りして9月から小料理を出す店を始めた。
若い頃飲食店をやっていたこともあり、料理が趣味でもあるのでなかなか楽しくやっている。

妻と別れ、職も失ったところだった俺は生まれ故郷である福岡に活路を求めたが、矢張り刺激の多い東京が忘れられず逆Uターンした。
3年になる。一人者の気楽さにもすっかり馴れた。
味噌汁の出汁をとる。東京者だった妻とは違う焼きあごの出汁だ。この匂いが充満する、この時間が好きでたまらない。

ところで俺の生業は、一般家庭から着物を買い取り、悉皆を施し再度販売するというリサイクル業者だ。元は呉服店に勤めていた。先月と今月は着付の依頼もあり忙しく、開業して2年で、やっとまあまあの売り上げになった。脱線したが、まぁその関係で着物がふんだんに有る。ので、週の半分くらいは着物を着て生活している。この小料理屋でもそうだ。早くもこの街では「着物のおじさん」と呼ばれているようだ。悪いことはできない。

以前は高円寺や吉祥寺など中央線沿線に住んでいた。離婚時に猫を3匹全て引き取るという無茶なことになり、さすがに3匹は…と、どこにでも断られたが唯一「いいよ」と言ってくれたオーナーさんがいたのがこの街との縁だ。程良い田舎のこの街は、老後を考え始めた俺にピッタリだと思った。
住み始めてみると、悪くない。
老眼も始まった。白髪も少なくはない。

これはこの街で年を取っていく、俺の物語だ。