黒木龍男42歳 健忘録

都内リサイクル着物販売業、週1小料理屋店主の日々あれこれを物忘れ防止に綴るブログ

邂逅とカタルシス

先日タクシーに乗ったら、偶然にも友人の父が運転手をしていた。
先に気づいたのは俺で、名前と顔ですぐに分かった。

都内で営業したついでに環八のオートバックスに愛車のラジエーターの不具合を見てもらった。すぐ直ると思いきや、数日掛かりになるという。

今日も冷えますねなどと話していたら、信号待ち中に飴どうぞと運転手さんが振り返ったのだ。

15年以上振りだった。
元気か、元気だよと返し合った。
この親父さん、実はとんでもない人なのである。

とある有名人材派遣会社の取締役…実質ナンバー2だった人物だ。 名前を記せばご存じの方もおられるかもしれない。

その友人とはバイト先が一緒で、自宅へ遊びに行くようになり親父さんとも知り合った。
当初は職業はカメラマンと聞いていた。だだっ広い家のあちこちに機材が置いてあった。俺も何度か撮ってもらったことがあり、アシスタントらしき人達もちょくちょく出入りしていたので信じて疑わなかった。
母親と離婚したそうで父子家庭らしいが暮らしぶりも良かったし、食べさせてもらうものもいちいち旨かった。

俺は写真に詳しくないのでよっぽど売れっ子カメラマンなんだろうと思っていた。


ある日奴の家に行くとテレビでどこぞの会社の新年会の様子が流れている。
会長、社長、取締役などの肩書と顔のアップが流れて、紋付袴を穿いた3人が三つ巴で餅をついている。
2人でコタツに入ってみかんを食べながら観ていると、なぜか奴の親父さんの名前と顔がばばんと出た。

「はっ」と思考停止に陥った。なんだ?そっくりさんか?いやいや…?
数秒見つめていたら、「あーバレちゃった。そう言えば出るって言ってたんだよな」とバツが悪そうに頭を掻く。

「どういうこと?お前の親父さんカメラマンじゃないの?」聞くと、カメラはあくまで趣味で、本業はこれなのだと言う。
「なんで、こんな大企業の取締役の息子が庶民の俺と同じカラオケ屋でバイトしてんだよ」
「未だに月の小遣い6000円なのよ」
こんなやり取りをした記憶がある。
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親父さんはたいして変わってなかった。
5年前に取締役を引退してのんびりしていたが、仕事をしないことにもすぐ飽きたそうだ。
「ちょっと前は赤帽もやってたぞ。人が好きだからな、とは言え俺の経歴じゃどこも雇ってもらえないんだ」高学歴、高キャリアすぎて周りが引くのだろう。

俺も着物リサイクル業を始めたこと、並行して違う事業も立ち上げたいと思っていることなどを話した。
そんなことを話しているとあっという間に自宅に着いた。
親父さんは「うちは変わってないから、またいつでも飲みに来い」と言ってくれた。そうさせてもらう、と返した。
友人は長いこと海外で技術者をしていて、国際結婚をしたのでなかなか日本には帰って来ない。今は台北と聞いている。(居たとしても俺と親父さんが「朝まで生テレビ」を始めてしまうので奴はいつも先にぐうぐう寝ていた)

嬉しい邂逅だった。
好みが変わっていなければ親父さんは「響」が好きだ。今の俺なら30年だって買える。しめしめ、ネットで仕入れておくか。

俺もオヤジ、向こうもオヤジだ。
次の休みの楽しみが出来て、滅法嬉しい夜となった。